J.P.マンシェット「愚者(あほ)が出てくる、城塞(おしろ)が見える」 

ディック・フランシスやギャビン・ライエルが好きではない。しょっちゅう出てくる〈気の利いた〉セリフがうるさくて仕方ない。特にギャビン・ライエルはほとんど毎ページのように出てくる(という印象がある)。〈気の利いた〉セリフというのは、例の「男はタフでなくては生きられない。優しくなくては生きる価値がない」(だっけ?)というたぐいだ。

ハイハイ、どうせあたしゃあタフにもマッチョにも縁のないひょうろくだまですよ。女のくさったやつですよ。ハイハイ、生きる価値のない虫けらですよ。

今度の仕事も簡単にかたづくはずだった。ターゲットはガキひとり。若いベビーシッターがついているが、面倒ならついでに殺っちまえばいい。だが精神病院から出たばかりの、このベビーシッターがヤバかった。 

登場人物はみな、タフではあるが、正義とは無縁の、優しくもない、したがって特に生きる価値もない男女ばかり。歯車が狂いはじめた物語はスラップスティックの様相を呈して疾走する。 

間抜けな手下に悩まされ、とんでもなくタフで狂ったベビーシッターに、逆に窮地に追い詰められていく、胃潰瘍持ちの殺し屋が何とも哀れで面白い。