人生を変えた時代小説傑作選

山本一力児玉清縄田一男選/文春文庫/2010

菊池寛「入れ札」1921

誰が親分(国定忠次)と行を共にするか、入れ札(投票)が行われる。その結果に九郎助は、己の狭量と卑小を思い知らされる。私たち一人一人の倫理はこんな時に試されるのだろう。

五味康祐「桜を斬る」1954

二人の剣豪による荒唐無稽比べ。やんや、やんや。

松本清張佐渡流人行」1957

無理スジの心理。この男、サイコパスか。結末はご都合主義にして安ドラ。

山田風太郎「笊ノ目万兵衛門外へ」1972

あざとい場面の数々と、意味ありげなだけの鬼面人的結末。 雪の日やあれも人の子樽拾い 作者は、ただにこの一句を使いたかったのではあるまいか。

藤沢周平「麦屋町昼下がり」1987

結構はもとより、情景描写、人物造形、どれも優れていて、作者が小説の要諦を心得ているのが分かる。

池宮彰一郎「仕舞始」1993

赤穂四十七士が四十六士になった顛末仔細。テーマを前面に出しすぎている嫌いあり。一歩間違えると描写が説明に堕してしまうが、ここではギリギリセーフとしよう。

 

人生を変えた・・・う~ん、この程度で変わったら、人生目まぐるし過ぎて、頭パッパラパーになってしまうのでは? あえて言えば「入れ札」と「仕舞始」が、人生を考える契機にはなるかも。

J. ウォーレス & D.キース「ハンターキラー潜航せよ」

潜水艦バトルに加え、金融システム乗っ取り、ロシアンマフィア、SEALの大統領救出作戦など、読者をたっぷり楽しませるエンターテインメント。
サブマリン・バトルにおいて、艦長の経験とクレバーさが雌雄を決する余地はなくなりつつあるようだ。探索、探知、音紋解析、攻撃、すべてコンピュータが実行する。現代の潜水艦は攻撃プロセスにおいても破壊力においても、かつてのそれとは比較にならない。
近い将来AIが艦と戦闘を指揮するのかもしれない。AI同士の戦いだ。そうなれば人間が乗り組む必要はなくなるか?
残念ながらそうはならないだろう。戦争はゲームではないし、人間は機械で置き換えられない。人間の命と尊厳を賭けなければ人間は負けを認めない。そして負けて終わるわけでもない。

著者の一人、ウォーレスは元海軍大佐。潜水艦の艦長だった人で、そのためだろう、艦や武器の操作、潜水艦乗りの生態など、描写はリアル。

芹生公男編「現代語古語類語辞典」

Amazonより、芹生公男編「現代語古語類語辞典」届く。
「古語類語辞典」1995年、「現代語から古語を引く辞典」2007年、を経て完成した由。2万1千の見出しで32万4千の類語が引ける。
見出しは五十音順で、類語が時代別(現代、近代、近世、中世、中古、上代)に並んでいる。

類語辞典はジャンルや概念で分類されているものがある。古くは「古事類苑」など。これらは「読む」には良いのだが、「引く」時にアタリをつけるのが難しい。そのため、それぞれ検索に工夫を凝らしているが、それでも「引く」となると煩わしい。引くには何といっても五十音順が便利だ。本書は利用者の利便性を優先し、見出しを五十音配列にしてある。

類語が時代別に並べられているのも特長の一つ。一口に古語といっても、大昔から現代まで使われているものも少なくないが、時代ごとに異なるものも多い。いつ頃まで使われてその後死語となったかはわからないが、初出がいつ頃なのかはわかる。

この辞書は編者の個人編集になるものである。今でこそ語彙の収集、分類、編集はコンピュータの力を借りて、個人による辞書編纂も決して不可能とは言えなくなったが、かつての辞書編纂の労苦は想像を絶するものがある。
借金し、家屋敷、田地田畑売り払い、それで出版できれば良し。矢尽き刀折れ、志し半ばにして斃れ、原稿は散逸、反古となった例は枚挙に遑がないという。
それを考えると「大漢和辞典」の諸橋轍次を筆頭に、「広文典」の物集高見、「字統」「字通」「字源」の白川静など、あれだけのものを個人で編纂したその刻苦勉励には驚嘆の念を禁じ得ない。
 
編者は1995年の「古語類語辞典」出版より30年かけて本辞典を完成させた。最初の「古語類語辞典」は現代語約9500を見出しとし、古語約4万を収録した。本辞典は2万1千の見出しで32万4千の類語である。
最初から完全を目指さず、改訂の最終形態として本辞典を結果させたのは賢明といえる。たとえ道半ばにして斃れても、その労苦は無駄にならない。

諏訪根自子を聴く

諏訪根自子(スワネジコ)全盛期の1957年(37才)の公開録音。モノラル。
曲はバッハの無伴奏パルティータ第2番と、2台のヴァイオリンのための協奏曲。
指揮:斎藤秀夫
オーケストラ:桐朋学園オーケストラ
第二ヴァイオリン:巖本真理

戦前、天才少女としてヨーロッパに留学し、その技量と音楽性の高さが、高名な演奏家たちから絶賛された。時のドイツ第三帝国に招かれ、宣伝省のゲッペルスからストラディヴァリウス「なるもの」を贈られている。

古い録音なので、音は悪い。ホワイトノイズも聞こえる。
演奏は、、、分からない。幸か不幸か(不幸にきまっている)演奏の良し悪しを聴き分ける耳を持っていない。
が、幸いなことに収録曲がバッハだ。バッハは演奏家の腕に依らない(んなこたないか)。少なくとも録音の良し悪しに依らない。録音の悪さも、再生装置の安さも、ものともしない。
久しぶりにバッハの管弦楽曲を聴いたが、思いがけず感動してしまった。録音の古さなど、まったく気にならなかった。

貴志祐介作品

「クリムゾンの迷宮」
サバイバルゲームのイディオムで小説を書いたような作品。
もっとも有利と思われたチームが、なぜか徐々に、おぞましい変身を遂げていくところが、実に怖い。
再読だが、内容をほとんど忘れていたことも手伝って、十分に楽しめた。

「黒い家」
サイコホラー。保険金詐欺の調査対象となった女は、最悪のサイコパスだった。再読だが、かなり面白く読めた。

「ダークゾーン」
完全にゲームの世界。将棋vsチェスの対決を人間がやる。死んでもリセットされる。で?

悪の教典
生徒からも人気のある高校教師が、実は最凶のサイコパスで、最後に担任のクラスの生徒全員をぶっ殺す、というお話し、、、で?

コレクション日本歌人選 葛原妙子

水かぎろひしづかに立てば依らむものこの世にひとつなしと知るべし

初期から晩年まで、50首を収録。各々に川野里子の解説を付す。
葛原の短歌は五千首近くあるらしい。その内から50首というのは、いかにも少ない。注文する時から分かっていたことだが、実際に頁を繰ってみると、あらためて少ない感がつのる。

晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の壜の中にて

しかも川野氏の丁寧な解説が不味い。解説に引きずられ、それ以外に読めなくなってしまいそうだ。解説は後々に読むことにして、しばらくは50首で我慢しよう。

他界より眺めてあらばしづかなる的となるべきゆふぐれの水

この際、全歌集を、とも思ったが、調べてみたら古書価は10万円近い。無理。1500首を収めた選集が新刊で出ているので、それでいい。持っている第一歌集を久しぶりに読み返してもいい。

狼は復讐を誓う

エアウェイ・ハンター・シリーズ 第一部パリ篇
大藪春彦
1975年発表

主人公の西城秀夫は警察庁嘱託の一匹狼。冷徹なスーパーマン。仕事には絶対の自信があるようで、自分がやられるという恐怖はないようだ。常に冷静で冷笑的。目的遂行のためには残虐行為も辞さない。その意味でサイコパスではあろうが、殺しを楽しむサイコではない。

世界各地に強力なユダヤ人支援者をもち、モサドともつながりのある世界組織のプロ集団に、たった一人で挑むなんて正気の沙汰とは思えないが、世の中には自らを非常な危険にさらすことに喜びを覚えるクレイジーな連中がいる。主人公もそういう類いの一人なのか。

多額の報酬と、任務遂行の過程で手にする、これまた多額の臨時収入はいったい何に使うのだろう。まさか老後資金ではないだろう。
思うに多額の報酬はプライドであり、本当は金などどうでもいいのではないか。主人公が仕事を引き受ける動機はハンティングなのだ。

冒頭部の描写からすると趣味はハンティングやフィッシングで、彼はレコードブックに載るようなビッグトロフィーを仕止めることを夢見ている。彼にとっては仕事もハンティングの一つなのだ。
彼は常にハンターであり、相手はあくまでゲームだ。それがどんなに強大でも、狩られるのは奴らの方なのだ。
死を恐れないのではない。死は狩られる側にあり、彼は死を与える側にある。それは彼にとって自明の理だ。死を与える側に死を恐れる理由はない。ある意味、究極のハードボイルドといえるかもしれない。

主人公が組織のパリ支局に乗り込み、これを文字通り「壊滅」させるところでパリ篇は終わる。次の目標はアムステルダムの本部だ。非情のハンティング・マシーンらしく、多くの無辜の人々をも巻き添えにしながら、組織を文字通り「粉砕」して欲しいものだ。